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over the rainbow

雨の季節が終わって、すっかり夏色の空になりましたね。水色に浮かぶ白い雲を目で追いかけて、僕は立ち竦んだままでいた気がします。臆病になって閉じこもって、体の不調ばかりが気になって怯えて、前に進む理由なんてすっかり忘れて過ごしていました。

あの日、山手線の窓から虹が見えて、僕は目を瞠りました。雨あがりの暮れなずむ空に、確かにその七色は架かっていました。新宿駅で飛び降りて、駅の外に走って行って、いままで一度も見たことのないような、空に大きく半円形を描いた虹を、僕は消えるまでずっと見上げていました。

僕は以前ここに、空の虹は消えてしまうけれど、心の虹は簡単には消えてくれない、と書きました。もし、心にかかる虹が消えないなら、僕はこの心を抱えたまま、僕自身が消えてしまうような気がしました。そうして、僕の心のあとに、虹だけが残るのでしょうか。どうして僕は、こんなに悲しいことばかり考えてしまうのでしょうか。

でも僕は。

いまどんなに悲しみに支配されていたとしても、前に進まなくちゃと思いました。僕の虹はあたかかくて、やさしくて、いままで一度も見たことがないくらいきれいな澄みきった色をしていて、だから消えて欲しくはないから、消さないまま、大切にしたままでいられる唯一の方法は、僕がこの虹を越えていくことなのだと思います。

虹を越えられたら、この虹が、僕のこれからの人生に力をくれるのだと思います。雨あがりの青い空の下を歩いていこうとする僕の、背中を押してくれるのだと思います。つらいことがあってうしろを振り返ったときには、僕を励ましてくれるのだと思います。

だからどうか、僕の虹を悲しい色にさせないで。やさしい記憶のままでいさせて。僕がちゃんと笑える日まで、もう少し待って。僕だって、いつまでも俯いたままでいたくない。大丈夫だよ、て言えるようになりたい。虹の上から見えた景色がどんなだったか、きっと教えられると思うから。
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行く春

春は別れと出会いの季節だ。

もう初夏と呼んでいい頃だから、だいぶ時期遅れの話題だけれど、でも僕は思うのだ。そのさ中にいる人ほど、春の別れのことを、気づかず過ごしてしまうのではないか、ただ時の流れるまま自らも流されているのではないか、と。

自分の過去の、高校や大学の卒業式を振り返ってみると、さびしいとか悲しいとかいう感情よりも、なにか忘れ物をしてきてしまったような、情けないようなどうしようもない気持ちになったことを覚えている。それは、僕の目がすでに、未来の新しい生活に対する期待や不安に向いているためで、そんな別れの儀式のさ中にも、過ぎ去った日々、別れる友、自分が去っていく場所に対して惜しむ気持ちよりも「忘れモノ」と同じ感覚を抱いたのだと思う。程なく、新しい生活新しい出会いに慣れることに必死で、別れを悲しんだり思い出したりする隙は時間的にも精神的にも与えられず、あれが別れだったと気づくのは、もうずっとあとのことになるのだ。

卒業とか就職とか、明確な区切りのようなものが仮になかったとしても、新しいことを始めるときは人は気づかぬうちに自分の持っているなにかと別れている。何かを得るためには、何かを捨てなきゃいけないとよく言われるけれど、ある知人が、新しくモノを買うときには古くなった同じモノを捨ててから買う、と言っていて、物が捨てられないタイプの自分はそんなの無理だと思っていた。でも今はそれがよく解る。きちんとモノを捨てられる、モノを簡単に捨てずに大事にするということは言い換えれば、振り返らずに歩くということ、自分を見失わないということだ。

しかし、人と人とのつながりや、記憶や想いは決してモノを扱うように自分の思い通りにはできない。過去と未来は等価交換ではない。自分の想い描いた通りの道を進み、何かを得続けていると思われる日々のうちに、僕たちは気づかぬうちにかけがえのないものを喪失し続けている。忘れたくないはずのものも、忘れてしまっている。

もちろん、忘れずに自分の中に残り続けるものもある。デビルズフードという言葉があって、たとえばアイスクリームとかチョコレートとか、いつも手元においてそれがないと生きていかれない食べ物のことを言うみたいだけど、僕の場合はそれが煙草だと思っていて、それなのにあっさり止めてしまった。甘い物も大好きなはずだったのに、砂糖断ちも全く苦に感じていない。それなのに、麻雀は止められなかった。僕にとって忘れなかったもの、手放せなかったデビルズフードは麻雀だったようだ。

ところで僕は、普通よりも少し、出会いと別れが多い場所にいる。そういう場所だと理解していたし、自分もいつかここを出て行くことになるのだから割り切っているつもりだった。ある朝、Hさんというおばあちゃんの退院を告げられたとき、僕はHさんの肩に縋って泣きじゃくってしまった。親しい人たちが慌てて駆けつけて「退院は喜びこそすれ、悲しんではいけない、泣いてはいけない」、と諫めてくれた。でも、Hさんは僕がどうしようもなく不安になってしまったときに、手を握ってくれたのだ。別れの日の、数日前のことだった。人は、出会いと別れを繰り返すうち、自分にとって大切なものは何か、何を忘れてはいけないのかわかってくるものなのかもしれない。決して離してはいけない手が、存在するということを。

僕は大切だと思っていた人たちから離れて久しいけれど、それでも僕が大切な人のことを想うとき、僕の手は温かくなるのだ。ありがとう、この温かさがあるから、僕は前に進んでいけると思う。

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恋は盲目

太宰治の斜陽の女主人公は、「人間は恋と革命のために生まれてきた」と言っていたけれど、僕らは大体、恋と麻雀のために生きている。

病院のベッドの上で時間だけはたっぷりあったので、よしなしごと、色んなことを考えたけれど、入院前に聞いた恋の話がどうにも心に引っかかっていた。僕にはどうすることもできないし、季節はクリスマスも過ぎ、おそらくはきいた話も解決しているだろうと思いながら、恋とは天と地ほどまったく縁遠い病院のベッドの上で、これまた病院のベッドに似つかわしくない何切る本を広げながら、僕は、恋と麻雀は似てるよな、なんてことを考えていた。机上の空論ならぬ、ベッドの上の空論と聞き流していただきたい。

まず、経験や技術の差があっても勝てると保証できない不確定要素、運頼みな部分が大きいことと、知識や理論だけでなく感覚も大事であること、加えて押し引きが重要なこと。特に押し引きは本当に難しくて、押してはいけないときに押してしまったり、押すべきときになぜかベタ降りしてしまったり・・・臆病すぎてもダメ、押しすぎてもダメ、じゃあいったいどうすればいいのか?と混乱したことはないだろうか?

恋と麻雀の共通点をざっと挙げてみたが、これだけははっきり言えるのは恋の喜びも麻雀の勝利も、とても儚い、ということだ。昨日まで好きと言っていた恋人が急によそよそしくなったり、50000点持ちのトップ目でオーラス役満を親かぶりすることだってある。薄い氷の上を歩いているようだ、と言っている人がいたけれど、なんと的確な表現だろうか。いつ割れてしまうかわからない不安を常に感じながら、それでもどうして僕たちは、その薄い氷の上を渡っていこうとするのだろう?理由はただひとつだけ、好き、だからだ。

斜陽の中に、ウォン・カーウァイの映画の台詞にも転用されていた、美しい一文がある。
「六年前の或る日、私の胸にかすかな淡い虹がかかって、それは恋でも愛でもなかったけれども、年月の経つほど、その虹はあざやかに色彩の濃さを増してきて、私はいままで一度も、それを見失ったことはありませんでした」
空に架かった虹は時とともに消えてしまうけれど、心に架かった虹は簡単には消えてくれない。そして思い悩むのだ、あの人の心の虹は、雨のあとの虹のように消えてしまっただろうか?と。

恋の始まりは誰しもが淡く美しい想いを描くのに、いつのまにかその虹は炎を纏った煉獄に変わってしまう。それはなぜか?恋をすると、人はいつの間にか相手を見ながら自分のことばかり考えるようになるからだと僕は思う。相手の言葉、態度に一喜一憂させられ、怒り、時に悲しみ、それを相手にぶつけるようになるのだ。よく、喧嘩のあと仲直りして仲が深まることを雨降って地固まる、などというが、それは見せかけに過ぎず、ただ単にどちらかの忍耐と寛容に依っているだけのように思う。その堪忍が切れれば、あっという間に雪崩や地すべりを起こしてあとかたもなくなるだろう。相手が自分を見てくれない不安をぶつけるようなときは、もはや相手を好きなのではなく、自分がかわいいだけのように思えてしまう。それはもう恋とは呼べないのではないか?と。たぶんそんな風に思う僕がおかしいのだ、世の中の多くの人はそれで関係が成立しているのだから。

淡い虹のような想いは、いつまでも虹のようでいられないのだろうか?胸のあたりが仄かにあたたかく、その相手が存在するだけで世界のすべてに感謝できてしまうような、そんな想いを、僕はいつまでも忘れずにいたいと思うのだ。僕が人を好きになったときの気持ちに一番ぴったり来る台詞が、空の境界の中にある。
「見えない不安って口にしたら嘘になるだろ。わからないまま信じるのが恋愛なんだ。恋は盲目ってそういう意味じゃないの?」
恋は盲目、の本来の意味から外れてるかもしれないが、僕は式のこの言葉が好きだ。

恋と麻雀を並べるなんて不謹慎なことかもしれないが、僕の中の麻雀という虹も一ヶ月の入院生活でも消えずに残っていた。好きな人や大切な人に会いたいと想うのと同じくらい、麻雀を打ちたいと想っていた。完全に復帰するにはまだ時間が掛かりそうだが、今は、それが短い僅かな時間であっても、再び麻雀が打てる喜びを噛みしめている。

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赤信号

買い物の帰りに信号待ちをしていると、横断歩道の向かい側から
おばあちゃんが、赤信号なのに悠然とこちらへ渡って来た。

自分を含めこちら側にいた人々は驚いて息を呑んだが、
幹線道路で車通りは激しいけれど、広く見通しのいい交差点だったので
青信号で来た車は、おばあちゃんが渡り切るまで一時停止していた。
休日の昼下がりということもあってか、神経質にクラクションを鳴らす車もなかった。

おばあちゃんは横断歩道をほぼ渡りきるまで、赤信号に気づかずのんびりと歩いていて
気づいてあらま、と一瞬だけびっくりした顔をして、それから笑い出した。
「年取るとだめねぇ~」と、照れ笑いをしながらおばあちゃんは去っていった。
そんなお茶目なおばあちゃんを見て、なんだか僕も可笑しくなってしまった。

命の危険があったのに拘わらず、笑っていたおばあちゃんに
僕は麻雀で危険牌を通すときのことを思い出した。
リーチはともかく、自分はまだ仕掛けやダマ聴に警戒できず
何食わぬ顔で危険な牌を通したり、放銃してしまったりする。

僕にはまだわからないだけで、見る人から見れば赤信号が点灯しているのだ。
あのおばあちゃんと、僕は同じことをしている。
赤信号が見えていないから、危ないとわかっていないのだ。
逆に、赤信号なのか青信号なのかわからず、竦んで立ち止まってしまうこともある。
「見えない」、そのことに、僕は最近苛立ちを感じている。

今までだって、ただ楽しいだけで麻雀を打っていた訳ではなかった。
でも気づいてしまった、僕は自分より強い人達が当然見えているものが見えていない。
自分が下手だなんて、弱いなんてよく知っていたはずだった、
少しずつ識っていけばいい、少しずつ強くなっていけばいいのに僕は
自分に苛立って、立ち止まってしまっている。

しばらくの間、段位戦を打たずに牌効率の勉強をしていた。
僕の麻雀ノートは、半年前大切な人にプレゼントしたものと揃いで買ったもので
半年の間に水没したり落としたり、色々あって見る影もなく小汚くなってしまっているが
一枚布の絵を表紙に使っていて、買ったときは本当に美しい色だった。
僕はそのノートで繋がっていることで、頑張れると思ったのだ。

ハードカバーの本くらい厚みのあるノートを埋めるのは何年も掛かるだろうと思ったのに
勉強を始めて一週間で、ノートは半分を折り返していた。
しかし揃いのノートを持った人は僕に言った、打たなければ強くなれないと。
僕の近くにいてくれる人は、みな僕に言うのだ、「打たなければ」と。
わかっているのにできない苛立ちと、自分への苛立ちはそれぞれの方向から僕を苛んだ。

あのおばあちゃんは、赤信号を渡って笑っていた。
もし僕だったら決して笑っていられないだろうだろうけど、
僕に足りないものは、あの軽やかさなのかもしれない、と思った。
失敗してしまったことをいつまでも悔やんではいられない、
またすぐ次の交差点を渡らなければいけないのだから。
いつか僕にも、そのシグナルが見えるようになる日が来ることを信じて、
また打ち始めようかと思っている。

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宝石の声なる人に(後)

3月に、思わず自分を抑えきれず書いてしまったツイートを見た人はご存知かもしれませんが、僕は5月に、体の一部に出来た腫瘍を切除する手術を受ける予定になっていました。手術そのものへの不安よりも、自分は麻酔薬のアレルギーで心停止を経験しているので、麻酔が必要な手術をしなければならないことは、そのまま死の宣告のように思われたのです。あのとき確か僕は、「これはいったい、なんの罰なんだろう?」と書いた記憶があります。

僕は三月末付でそれまで勤めていた会社を辞め、せめて手術を受ける前に、なにか人の役に立つようなことがしたい、と思って被災地へボランティアに行きました。そこで僕が見たものは、地平の果てまでどこまでも続く、瓦礫の海でした。果てしない闇でした。行ったはじめの頃は慣れない生活のせいで、やるべき仕事が終わると泥のように眠りに落ちましたが、慣れてくるとすぐに夜眠れない性分に戻ってしまい、時々僕は、ひとりでその闇の中を歩きました。

僕は、正直もっと自分が強い人間だと思っていました。でもまったく違っていました。ボランティアに行っているあいだ、僕は、自分がどれほど弱い人間なのかを思い知らされました。親しい人が誰もいない環境で生活することが、こんなに寂しいものなのかと驚きました。自分の力不足と人としての足りなさを日々思い知らされて、自分は何も出来ないのに、ちっとも役に立ってないのに、いったいなんでここにいるんだろう、と何度も思いました。

僕が出発直前に立てた赤なし個室のメンバーが、僕に交代で電話をかけてきてくれたときは、皆の声を聞いて僕がどれだけ励まされたか、慰められたことか・・・本当に感謝しています。なにもできなかったけど、一緒に遊んだ子供たちのことは元気かな、と時々思い出します。雨上がりの朝や風が強い日の、東京でも澄み切った青空が見えるようなときに・・・僕には、あの高い透明な青い空が、どこまでも落ちていけるような深い落とし穴に見えていました。



『何度も何度もペンをとりましたが、驚いたことに何ひとつ書くことがありません。すべては言い尽くされ、なし尽くされました――安んじて死を待つほか、何も残されていません。広大な空虚です――暗黒ではなく、驚異的な光に満ちた空虚です。炸裂する雷鳴の、耳を聾せんばかりの轟音によって生み出された、無辺際の静寂です。(中略)お元気でいらっしゃることを念じます。ほんとによくおなりですか。私は元気で幸せです。』(1913年8月2日天心)


僕はあのどこまでも広がる闇の中に、澄み切った深い水色の空に、天心が言うような静寂を見た・・・はずだった。手術のために東京に帰り、会いたいと思っていた人に会い、僕がずっと願っていた赤なし麻雀のセットを実現させてもなお。僕の足はなかなか、病院に向こうとしなかった。ただ漫然と、日は過ぎていった。学生時代の友達や親しくしている天鳳の友人たちに「病院、ちゃんと行った?」と何度尋ねられても、僕は首を横に振るしかなかった。僕はただ、怖かったのだ。天心のように、すべてはなし尽くされたと言えるほど、僕はまだ人生を生きてはいない。



『あなたの健康が心配だと言ったことで、あなたの心を乱したことはおわびいたします。私がこんなにいらだつなんて、馬鹿げているとは知っています。ここでは何にもしてあげられませんもの――でも、これはすべての理屈や知性よりも強い私の性格なのです。私は何事をもあまり激しく感じすぎるため、健康をまったく害してしまいます――すると、苦痛も小康状態となるのです。こんなにひどく落ち着きがないことは間違っているとは知っています。こんなに離れていても、私の気持ちがあなたにはねかえって、あなたを意気消沈させてしまうかもしれませんから。そうしないよう最善を尽くします。』(1913年7月27日プリヤンバダ)



彼女が天心のことを心配したように、僕は、自分の大切な人たちに本当に心配をかけてしまったと思う。今そのことを思い返すと申し訳なく想うと同時に、不安で押しつぶされそうになっていた僕の、そばにいてくれてありがとう、と心から想う。とうとうある朝、友人とのスカイプでの通話中に僕は泣き出してしまった。「怖いよ、怖いよ」と言いながら泣きじゃくって、そのとき、その友人が話してくれたことに僕は胸を打たれて、そして僕は病院に行った。どんな話だったかはここに書くことはできないけれど、僕は自分が恥ずかしくなったのだ。いつまでも駄々をこねている子供のように、そこに留まろうとしたことに。


超音波検査の映像を見たとき、僕と医師は驚くとともに困惑してしまった。二ヶ月前に、そこに白く写っていたはずの腫瘍が、きれいに消えていたのだ。「こんなことって、あるんですか?」と恐る恐る尋ねた僕に、医師は首をかしげていた。完治したとは言い切れないので、定期的に検査を受けに来るように、と言われて僕は家に帰った。嬉しい、と言うよりも狐につままれたような気持ちだった。僕は僕の大切な人たち、心配してくれた友人たちに電話をかけてそのことを報告した。勿論、僕の背中を押してくれた友人にも・・・その人は僕に、こう言ってくれた。「蒼猫さんが、前に進もうとしてくれて良かったです」


『私が死んだら、
悲しみの鐘を鳴らすな、旗を立てるな。
人里遠い岸辺、つもる松葉の下ふかく、
ひっそりと埋めてくれ――あのひとの詩を私の胸に置いて。』


天心は、再びプリヤンバダに会うことなく、病に倒れたまま息を引き取る。彼女の詩と共に埋めてくれ、という辞世の詩は、天心がどれだけ彼女を愛していたかを証明している。たった一度出会って、手紙を交わして・・・それだけと言えばそれだけだ。それでも、二人の心はちゃんと繋がっていた。現代に生きる僕達は、会いたいと思う人に会おうと思えば、100年前よりはるかに短い時間で会うことができる。話そうと思えばすぐに、話すことが出来る。僕達は本当に、幸せだ。でも、離れていても会うことが出来なくても、信じあえるような人に出会えることの希少さは、100年前と変わっていないだろうな、と思う。

残念なことに僕の病は再発し、近いうちに手術を受けることになる。完治したわけじゃないとわかってはいたけど、このまま何事もなければと期待もしていたから、覚悟していたつもりだったけれど混乱もしたし落ち込みもした。頭の中は自分のことでいっぱいになって、また僕は深い落とし穴に落ちそうになっていた。でもある友人が僕に言ったのだ。「大丈夫だ」、と。僕はその声を、その言葉を信じる事にした。僕は大丈夫、だから前みたいに泣いたりはしない。でも僕はもともと寂しがりやだから誰かの声を聴きたくなったりする、そうすると嘘みたいに、安心できるから。声を聞かせてくれてありがとう、僕のそばにいてくれてありがとう。僕は元気で、幸せです。


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