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ア・オ・ゾ・ラ・マ・ー・ジ・ャ・ン

自分がブログタイトルにしている蒼空麻雀は、
屋外でするそのままの意味の青空麻雀からではなく
すごく昔に見たドラマのタイトルからいただいています。

「ア・オ・ゾ・ラ・マ・ー・ジ・ャ・ン」は、堺雅人主演の深夜ドラマで、
新宿のとある雀荘が舞台になっていました。
その頃自分はもちろん麻雀をまったく知らなかったのに、
当時新宿に住んでいたので、家の近所が舞台だというだけで見始めました。
新宿に雀荘というものがたくさんあるということは知っていたけれど
たぶん、いつか自分が行くことがあるとは思いもしなかったと思います。

自分が見ていたそのドラマは、昔過ぎてうっすらとしか覚えていないのですが
エリートサラリーマン(死語かな・・・)からドロップアウトした主人公が
雀荘の店長をしていて、客との交流やその淡々と過ぎる日々が描かれていました。
そこへ一人の女子高生が迷い込んできて・・・というお話でした。
心の中の何処かにさびしいものを抱えている者同士の恋は、なかなか前に進まないもので、
でも自分は、その見ている人をもどかしくさせるような恋に、憧れていた気がします。

先日、新宿でのセットに参加させていただいたのですが、
自分は家の用事で待ち合わせの時間に随分遅れてしまいました。
中央東口の改札を出て、まっすぐ進んで階段を駆け上がり、
交差点の信号が青に変わったのを見て、そこに向かってまっすぐ、走って行きました。
ビルの写真を見ただけでそれがどこかわかっていて、迷うこともなかったからです。

セットは、自分にとってはもの凄くキツイ面子だったので
正直、勝てる気は全くしなかったのですが、
(打ち始めて、あまりに慌てすぎて2回もチョンボしてしまうし・・・)
そこに座っている以上、勝ちたいと思って打ちました。
萎縮して自分の手ばかり見ていて、ふと顔を上げたとき、
麻雀を始めたばかりの頃に師匠に言われたことを思い出しました。

麻雀を打つときは、自分の中に勝ちに向かう流れを作る。
逃げるときは逃げる流れを、追うときは追う流れを、自分の中に作る。
その言葉を思い出したときに、同卓している人たちの意識が自分の中に流れこんできて、
自分は生まれて初めて麻雀を打ったような気がしました。

セットの帰り道アルタのディスプレイを見上げながらふと、ブログのタイトルに選んだほどに
自分が憧れていた場所に行けたんだなぁということを思い出して、心の中で声を上げました。
ブログを始めたとき、自分もあのドラマの中の女の子のように、
自分の居場所を探していたのかもしれないな、と想ったりして、
でもそれは気のせいだということにして、駅の改札に向かう階段を降りました。

ブログを随分長い間、放置してしまいました。
コメントを下さった方、お返事も書かずに申し訳なかったです。
書きたいこともたまっているし、ぼちぼち更新していきます。
赤なし会もそろそろちゃんとした形にしたいなと思っています。
これからもどうぞ、よろしくお願いします。
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迷いについて

木曜日に風邪で会社を休み、麻雀もお休みしてたのですが
(実はこっそり、天鳳は1戦だけ打ちました・・・)
夜、師匠が珍しく牌譜を見るというのでお付き合いしました。

自分は、本当はちゃんと師匠のことを尊敬していますが
普段は師匠に対してかなり軽口を叩いています。
そのときも師匠の牌譜にダメ出し(?)をしてました。
普通は逆だろ、て話ですが。あまりに師匠が理解できない打ち方をするので・・・
師匠は、牌効率を重視する打ち手から見ると「亜空間」な打ち方みたいです。
自分は牌効率を理解しているとは言いがたいですが、それでも驚きます。
「そこで鳴くの?」とびっくりするくらい大胆に仕掛けることがあるし、
「そこで待つの???」という待ちに構えることがあります。
自分は鳴きに対しては慎重なほうで、
師匠の鳴きを理解できないことがあります。
待ちも、自分はテンパイ時になるべく両面に構えたいタイプです。

でも、師匠はその鳴きについてちゃんと理由があるのです。
ここはどうして?と訊ねれば、きちんと答えが返ってきます。
とんでもなく見える待ちをしている印象なのに、自分がふと、
「早い順目のドラ待ちカンチャン、親ならリーチ行ってもいい?」と聞くと
「そもそも、カンチャンでリーチは掛けない」と言われました。
え、でも親だからいいよねテンパイ即リーで、というと
「カンチャンには必ず手代わりがある、リーチ掛けたら降りられない、
弱い待ちで上がれないでいるとその間にツモられるよ」
あまりにもごもっともすぎて、思わず唸ってしまいました。
そういえば師匠のリーチは三面や多面が多いよなぁ、と思い出しました。
変則的な待ちにするときは「その牌は出る」確信があるからなのでした。
いくつかの牌譜を見て、師匠が反省らしいことを口にしたのは
南3親で3着の局面で、下家のチンイツに対して4副露させたことで
一言、「鳴かせすぎたな。これは俺が悪い」とぼそりと言いました。

以前書いたかどうかはわかりませんが、師匠に出会ったのは
自分を麻雀に誘ってくれた、会社の同僚に紹介されたからでした。
同僚と師匠は打ち手としてタイプこそ違えど、お互いに尊敬し合う仲なのです。
師匠が自分を教える気になったのは、同僚の紹介だったからだと思ってました。
でも実は、自分が役も満足に知らないくせに、負けて心底悔しがる姿を見て
半ば呆れつつ驚いて、「教えてみようか」と思ったそうです。
きみは麻雀上手になりたい?それとも強くなりたい?
自分は上手になるようには教えられないよ、どうする?と聞かれ
一瞬の逡巡のあと、「強くなりたいです」と答えました。
今は欲張って、上手にもなりたいなぁ、なんて思うんだけど。

そういえば、自分は師匠がここでなにを切るか迷った、とか
ここはリーチに行くべきか迷った、とか言うのを聞いたことがありません。
上がりに向かう、降りに向かう、その一手一手に確信があるのです。
河読みができる、山読みが出来るかなど経験の差もあると思いますが
それもひっくるめて、自分の打つ手に迷いがない、という心境に
自分はいつになったら辿り着けるでしょうか。
たくさんたくさん迷って失敗して、一つ一つ答えを出して、
いつか辿り着けるのでしょうか。

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麻雀熱出しすぎた…

もう眠いという師匠をスカイプでとっ捕まえて、
明け方4時まで麻雀の話をしていました。
眠いといいつつ、麻雀となれば話が熱くなるのが師匠で
そして、何度も同じ話を聞かされるのは、たぶん年のせいでしょう。

そして次の日も顔を合わすなり質問攻めにしました。
点棒の状況はこんな感じで、ここで押すか降りるかとか、
この状況でリーチするかしないか、とか。
そんないきなり言われても、と言いつつ答えてくれました。

そして打つ。4半荘中1位2回、2位2回。
いつもこんな風に打てればいいのになぁ。
南4親での純チャン三色はドラマチックでした。
段位戦ではあまりしないけれど、師匠と打つとき必ず一度は
倍満手をあがって見せたくなるのです。
たぶん、褒められたいからなんですけどね。

師匠におやすみを言ったあとも、天鳳にいそしむ。
いったい何時に寝たのか覚えていません。
目が覚めたら熱を出していて起き上がれず、夜の7時まで寝ていました。
これが勝負熱っていうやつでしょうか。
いくらなんでも、麻雀のことばかり考えすぎです。

どうしてそこまで熱が上がってしまったかというと、
1日に4ラス引いてしまった日があって、凹んでいたのです。
何を切っても振ってしまう。そんな日でした。
そういう日もあるから気にしない、と言われても気にします。

自分の中の明確な判断が揺れているからそうなる、と思っています。
思いがけず振ってしまったり、ラスになったあと
負けを取り戻そうと打つから、また負ける。

師匠に何度も、上がりは運、降りることは自分のチカラだと言われました。
降りてばかりの二位で悔しいと思わず、振らずに二位で終われたことに
満足するようにしないといけないなぁと思います。

今日は熱出してすっきりしたのか1-2-3-1-1と好調でした。
最初の1位は東場で2回大きく振って南場で4度上がるという
はちゃめちゃ振りを発揮してしまいましたが、
追うことが嫌いじゃない、むしろ好きなのが困りもの。
逃げる麻雀のほうが苦手です。

1級になったので、今度の休みに課金しようと思っています。
ここからが長い道のりだなぁ・・・無事上卓を抜けられますように。

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赤ナシズム

3ヶ月ぶりくらいに、先生にお会いした。

先生というのは通称で、彼女はなぜか周りの皆から先生と呼ばれていた。
麻雀の強さだけでなく、「先生」と呼ばずにいられない方なのだ。
しかし、自分にとっては正確に先生で、手作りの基本を教えていただいた。
初めて先生に会ったとき、その人となりも勿論のこと、
あまりの手作りの美しさに感動して、二度目に会った時に
「惚れました。麻雀教えて下さい」と告白(?)してしまったのだ。
今思えば恥ずかしい話だが、そのおかげで今の自分がいる。

先生も赤なしを愛する人で、そこに師匠が加われば当然卓は赤なしになる。
大学時代には赤なし限定の麻雀サークルの主だったとか。
赤なしは役重視になるので、手作りが美しいのはそのためだったのだろう。
打牌も、牌効率のお手本のように丁寧で無駄がない。
押すときは押す、引くときは引く、メリハリがはっきりしている。
しかし師匠には、力でゴリゴリ押され圧倒される感じがある。
一打目からこちらを焦らせるような鳴きをしたり、
そうかと思えばとんでもなく大きい手で上がって絶望させられたり、
師匠と打っていると、麻雀は心理戦と思い知らされる。
自分は、そんな二人の出来の悪い子供のようなものかもしれない。
美しい母と、豪腕で武骨(失礼!)な父・・・自分はどちらに似てるだろう?

自分が行った時には先生と師匠がすでに来ていて、
今ちょうどうわさ話をしていたところだ、と言われた。
師匠に、お前最近強いから一緒に打ってやらない、とか冗談言われつつ、
そろそろフリーデビューしたいけど・・・と話をしたら
「チョンボしそうで心配だなぁ~~~」と笑われた。ですよね。

先生があまり時間がないので二半荘だけ打つことになった。
一半荘目は、決め手がないままリーチをひたすら受け流していた。
しかし、全体的にリーチの出が遅いという印象。
3位に終わったが、次は勝ちたいと思った。
自分はラス親だったが、とにかく東場は安い手でも流して行った。
しかし自分の親は、師匠に流された。
南場でやっと手が入ってきた。
南3で三暗刻で倍満、南4の一盃口ドラドラはだまで、
終わったときには5万点を越えていた。
赤なしで、そんな点数で終わったのは滅多にないので驚いた。

運が良かっただけ、と言えばそれだけなのだけれど
強く念じれば勝てる、わけじゃないけど、
「勝ちに行く」つもりで麻雀を打たなければ勝てない、と思った。
そして、普段の自分にそれが欠けていることも知っている。
振りさえしなければ勝てるわけじゃないんだ。

先生が帰ったあとに、先日の待ちがわからなくて、という話をした。
1233456777の中の、34567で258でしょ、と言われて、
ああ、と初めて納得した。
そして1233456ではノベタンで36待ち。自分は本当にまだまだだ。

ひとつ、問題を出された。
1123445678999、以前師匠がセットで同卓した時の手だ。
1が来れば当然のことながら九蓮宝燈!なのだが
ぱっと見て、1と9しか判らなかった。
11234 45678 999で369。
こんな手を張るなんて、想像付かないけど
その日までにはちゃんと待ちがわかるようにしたいなぁ。
ちなみに、師匠はこの手を上がれなかった。
死なれたら困るから、良かったんだけど。

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リハビリ

天鳳を少しお休みして、麻雀のリハビリしていました。

リハビリ・・・何をしていたかというと。
CPU相手の麻雀ゲームをして上がったときに
「ツモ、2000・4000です」とちゃんと言えるかどうかの練習。

先日の日記で、フリーデビューをするのに気がかりがあると書きましたが
その気がかりは置いておくとして(置いていいのか?!)
師匠から、フリーデビューをする条件を提示されていました。
それは、点数+10以上になってから、というもの。
点5の雀荘で場代を含め収支をプラスにするためには、
それくらいの成績は必要だということなのです。

もうひとつのリハビリは、自分の牌理を一度見直ししたい、というもので
天鳳では待ち時間があるので、どこを切るか迷っても長考できません。
そういう一瞬にきちんと立ち止まって、切るべき牌を丁寧に探します。
そろそろ迷うことも少なくなってきた、と自分でも思っていましたが
今回ひとつだけ迷ってしまった形。
1233456777+順子
568待ちは当然のことながらわかったのですが、3を見落とししていました。
加えてこの4面待ちは、58なら平和が付きますが36はつきません。
こういうところで迷うようではまだまだだなぁと思います。


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